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2008年3月

ボリビア旅行記(前編)

Bolivia2008_201 というわけで、ボリビアはウユニまで行き、先週帰国しました。

3月中旬はちょうど雨季と乾季の境目で水量が少ないと聞いていたので、湖一面が鏡状態の雨季の素晴らしい景色は見られないかな・・・と思っていたのですが、運よく湖の一部に水が残っていました。

ウユニは最高です。

今までに見たこたことのない風景でした。

もっともラパスに着いてもウユニまで行くのが一苦労なんですよね。未舗装道路を走る夜行バスで揺られること12時間(私が使ったのはOMAR社のバス。片道80ボリなので10ドル強)。全席指定にもかからわず、運転手が小遣い稼ぎで乗せる地元民が通路に毛布敷いて寝ていたりします。

バスが早朝にウユニの街に到着後、その日に出発するツアーを探します。ウユニにはツアー会社が60以上も乱立し、ツアー会社によっては車がオンボロだったり飯がまずかったりするらしいのなかなか難しいのですが、ラパスの宿で仕入れた情報を元にBrisa Toursという会社で申し込み。3泊4日のツアー(塩のホテルで1泊+通常の2泊3日のツアー)で95ドルでした。

ツアーは午前11時頃に出発。電車の墓場なる場所を訪れてから待望のウユニ塩湖に向かいます。

Bolivia2008_454  入り口付近にうっすら水は張っていたものの、鏡状態ではなかったので、ここら辺ではちょっと諦めモード。

初日はお昼過ぎに初日の宿である塩でできたホテルPlaya Blancaで降ろされておしまい。ここで翌日の昼まで24時間過ごします。

Bolivia2008_116 ご覧のとおりホテルの周りは塩以外何もないのですが、塩の結晶を掘り起こしたり夕日・朝日を見たりしているとあっという間に時間は過ぎていきます。

2日目の午後からは、別のツアー会社の2泊3日のツアーに合流(車に定員満載で動くのが一番効率が良いため、ツアー会社間で客を融通する)。初日から一緒だった日本人の方とカナダ人の女の子2人、アルゼンチン在住の韓国人2人とツアーに繰り出します。

最初の目的地は魚の島(Isla de pesca)。何でもサボテンの樹齢は1000年超とか。どのサボテンも高さが4,5メートルはあります。

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魚の島から更に先に車を進めると、ありました水が。

Bolivia2008_190 ここの辺りで車を止めてもらい、冒頭の写真を撮りました。

ここからしばらく走ると車はウユニ塩湖から上陸し、ひたすら荒野を走ります。2日目の宿は小さな集落の宿でした。

3日目には車が後輪から煙を上げてストップし、大変なトラブルだなぁと思ったものの、後ろから来たほかのツアー会社の車の援護も受けて1時間半で復活(といってもブレーキ関連の部品一式を取り外すという荒療治でしたが)。

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その後はひたすら広大な大地を走り抜けます。

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途中でフラミンゴのいる湖を見たりし、温泉にも入ったりしました。

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最終日の午後5時くらいに無事ウユニの町に到着し、その日の夜8時の夜行バスでラパスに戻りました。

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Back in La Paz

ニュースをフォローしていないうちに何だかベアスターンズが大変なことになっているようですが、そんなこととは露知らずにウユニを楽しんでラパスに本日戻りました。

南極探検隊の隊員並みに顔が日焼けしています。これくらい日焼けしていればボリビア人の中に問題なく溶け込めそうな勢いです。

しかしウユニは凄いところでした。残念ながら雨季のベストシーズンは過ぎてしまっていたので一面鏡というわけにはいきませんでしたが、それでも相当楽しめました。雨季にもう一度訪れたいですね。

明日はウユニツアーで一緒になり仲良くなった韓国人2名(一人は英語が片言、もう一人は英語が全くダメ、そして彼らが流暢に喋れるスペイン語は私が全くダメにもかかわらずえらい仲良くなった)と一緒に標高4700メートルから1100メートルまでマウンテンバイクで一気に下るツアー(ツアーのコースはデスバレーと呼ばれており、世界中の道の中でも車の滑落する確率が相当高い道だそうです)に参加して、明後日に現実が待つNYに戻ります。

しかしこの顔をNYUの同期が見たらえらい驚くに違いない(笑)

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ラパス着

マイアミ経由で足掛け12時間強のフライトを経て朝の6時に無事ラパスに到着しました。

街の雰囲気はクスコとリマを足して2で割ったような感じですね。風格を残す町並みでありながらも、メインストリートは結構近代的な雰囲気を醸し出しています。

着いた初日は高山病に注意しなければいけないので、宿(ラパスで唯一日本人が経営する一番ホテル。現地の情報ノートもオーナーの南雲さんの情報も充実していてスムーズに動き出せるのでオススメです。無料日本語PCも完備!)に到着して3時間ほどゴロゴロした後、ウユニ行き夜行バスチケットを求めて出陣。

外国人観光客向けのハイエンドなバス(ここだけ支払がドルなのですが、ドル安の影響で片道25ドルが30ドルに値上がりしているとのこと。こんなところにもサブプライムの余波が・・・)を狙っていたのですが、今日は営業していなかったので、第二候補のOMARという会社のバスにしました。午後6時発、翌朝ウユニ着で80ボリ(10ドル強)。

とりあえずウユニ行きのスケジュールをフィックスできたので次は昼飯だと思ったところ、高山病の症状(頭痛)が出てきたので、食事は適当に済ませてタクシーでホテルに戻り、ひたすら寝てました。部屋でNHKが見れるので快適です。日銀の総裁を巡る各党代表の熱い討論を聞きながらうとうとしていたらばっちり回復しました。国会議員の皆さんありがとう!

明日は午前中にバスツアーにて市内観光し、日曜・木曜に立つ古着市(アメリカ系のブランドの掘り出し物がかなりあるらしく、数千ドルぐらいするビンテージジーンズが2ドルくらいで買えたりするそうです)を冷やかした後、ウユニへ旅立ちます。

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いざボリビアへ

Restructuring Firms and Industriesの中間試験があった関係でここ数日は勉強モードでしたが、昨日無事に受け終えてきたので、明日から春休みに突入します。

20代最後の旅行をバックパッカーとして旅するのもよいのではないかと思い、春休みは結局一人でバックパック背負ってボリビアに10日間ほど行くことになりました。

アマゾンでバックパッカーグッズを早速購入。バックパックは50ドルくらいで買えます。安いですね。寝袋も30ドルくらいでした。

ボリビアはつい先日から黄熱病の予防接種が入国に際して義務付けられたので(今までは推奨だった)、ボリビアに行こうと思う方々は注意が必要です。

大雨の影響で全体の5%しか舗装されていないとされる道路網はかなりの打撃を受けているようですが、頑張ってウユニまで行ってきます。

Uyuni

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世界の車窓から~プーノへ

2008peru_255 年始のペルー旅行では、クスコからティティカカ湖畔の街プーノまでの380キロを10時間で結ぶ列車にも乗りました。

内装はマホガニーを基調とした非常に格調の高い雰囲気に仕上がっており、10時間の移動中に朝食、昼食、アフターヌーンティーと出ます。バックパック背負って宿泊費込みで一日3000円の予算で貧乏旅行していた学生時代を考えるとえらい出世です。

2008peru_245 社内では美人添乗員によるアルパカ製品のファッションショー+販売も行われます。ちなみにこの美人さんはファッションショー要員だったらしく、中間地点の駅で下車してしまいました。

列車はこんなごちゃごちゃした市場を抜けながら、

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2008peru_272 ティティカカ湖に浮かぶ葦できた浮島群であるウロスを訪ねるベースの街となるプーノに到着します。

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Diversity

ロースクールはどこもDiversityを重視しており、LLM生は世界各国から来ているところが多いかと思いますが、自分の国のことを誤った視点で説明されると気分はよくないですよね。

先日受講していたYermackの授業ではProxy Votingについて議論していたのですが、その中で「日本は(先進国であるにも関わらず)Proxyというコンセプトがなく、株主が議決権を行使するためには株主総会に出席しなければならない。そして上場会社の株主総会はほとんど同じ日に開催される(何だか遅れてるよね~というニュアンス)」という説明がなされました。

さすがにこれには黙っていられなかったので、

「日本にもProxyの制度はあるし、Proxy fightだってある。上場会社の株主総会が特定の日に集中しているのは、総会に出席して嫌がらせをする総会屋がかつて多く存在したため、総会屋対策のためにそうしているに過ぎない」

と説明したら、Yermackはたいそう驚いていました。

Antitrustの授業では、「スイスは独禁法の整備が遅れているから、カルテルなんてやり放題だー。みんな、カルテルしたいならスイスに行こう!」と教授が発言したところ、「何だよそれ!」というニュアンスで両手を広げている学生がいました。恐らく彼はスイス人なんでしょう。

本日のYermackの授業はコントロールプレミアムについてでしたが、ここでは「まぁみんな色々と思う部分はあるかもしれないが、Common lawの国々の方が会社法が整備されており、判例も豊富なので、コントロールプレミアムが小さい。対して会社法が整備されておらず、司法制度も未熟な国々はコントロールを手に入れれば「やりたい放題」になるため、コントロールプレミアムが大きい」などという説明がされました。

諸外国の制度を熟知した上でこういった説明をしているのであればよいですが、Yermackのように誤ったことを言っていることがあるので、聞いてる身としては危うさを覚えますね。

ちなみに世界各国で株式がブロックで譲渡される場合に支払われるコントロールプレミアムの平均値が説明されていた際に、日本だけ数値がマイナスだったため、「あれはなんでだ?」という学生の質問に対してYermackが満足に答えられていなかったため、「日本ではTOBルールとの関係で株式をブロックで譲渡するのが難しいことがあるので、市場価格より低い価格でTOBをローンチし、事実上ブロックの買い手しか応募しない状況にしてブロックを譲渡することがあるためにマイナスの数値になってるんだと思うよ」と説明したら、「市場価格より低い価格でTOBがローンチされるなんてシンジラレナーイ」といった感じで皆驚いていました。

ところ変われば法律も変わり、ある人達にとっては信じられないようなことが他の制度の下では起きるんですね。きっと日本人である私にとって信じられないようなことも世界のあちこちでは起きているんだろうなぁ。

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世界の車窓から~マチュピチュへ

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クスコから列車で4時間かけて到着した街(アグアスカリエンテス)からバスで30分ほど揺られると

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マチュピチュとご対面できます。

この写真の右側に見える山はワイナピチュと呼ばれ、片道1時間ほどかけて登ったところから見下ろすマチュピチュは格別だそうですが、時間不足と入場制限(一日400人入山で打ち切り)があり今回は到達できませんでした。

2008peru_178 ちなみにクスコからアグアスカリエンテスへの往復の列車ではこんな洒落た軽食が出ます。

また、帰りの列車は時間がかかるため、クスコの手前の駅でバスが何台か待機しており、帰路を急ぐ人はこれに乗りなさいと誘導されますが、時間に余裕のある人はそのまま列車に乗り続けておくことをオススメします。クスコまでスイッチバックで下っていく最中にクスコの夜景を眺めることが出来、非常に印象的でした。

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Friday Afternoon

今学期は毎週末が三連休なのでいつも金曜日が休みなのですが、先週の金曜は久々にゴルフの練習に行こうと思い立ち行ってきました。

Golf

Chelsea Piers Golf Club

Pier 59
23rd St. & the Hudson River
New York, NY 10011
212.336.6400

私の知る限りではマンハッタン内で唯一の練習場。平日のオフピークの時間帯(午後4時まで)なら、1時間20ドルで打ち放題。

たっぷりと打ち込んだ後、暇だったので歩いて帰ろうと思い、ゴルフバッグを担いでてくてくと家路へ。

Chelsea PierからすぐのところにChelsea Marketがあります。

Ny10_292 (この写真はハロウィンの時期のものです。ちょっと季節外れですが。)

ここにはイタリアの食料品店やらいい紅茶を売る店やらイケテる店が軒を連ねているので、よく買い物に行きます。

この日は紅茶と干しぶどうと、Zagatの評価の高いRonybrookのピスタチオアイスをお買い上げ。

帰りはハンバーガーの旨いCorner Bistroの前を通り、

Ny9_253

途中7Ave & West 4thに出店しているMud Coffee(過去ログ参照)で旨いコーヒーを買って飲みながら歩いていると住まいであるNYUの寮に到着します。

時間にして約40分の散歩でした。

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OPT

20082_010

(China townの歩道に無造作に貼ってあったシール。本文とは全く関係ありません。)

ロースクール生活も早いもので残すところあと2ヵ月半ほどとなりましたが、ロースクールを出た後もアメリカに滞在するための制度としてOptional Professional Training(OPT)という制度があります。

これは、専門的な教育を受けた学生が、アメリカで受けた教育をベースにアメリカで一定期間働けるように設けられた制度です。ロースクールを卒業すると学生ビザであるF-1のステータスが失われてしまいますが、これを申請すると卒業後大体1年くらいはアメリカに滞在することが可能です。申請して承認されれば、実際には働かなくてもステータスが失われることはないそうですが、その期間中にアメリカから出国してアメリカに再入国する場合には、入国審査官対応に注意が必要とのこと。要は、永住する意思があるんじゃないかと思われてしまうと、水際で入国拒否されてしまうことがあるということのようです(なので、仮にぶらぶらしている身分であっても、再入国の時には「研修先を探していてインタビューがあるから再入国する」というようなことを言っておくと怪しまれなくて済むとのコト)。

日本を離れるまでビザの重要性などは全く認識していなかったのですが、ちょっと気を抜くとビザのステータスを失効させて不法滞在になってしまうので、結構センシティブな問題です。入国の際の審査官のミスによってステータスが失われてしまうこともあるようですし。

私はNY Barを受けた後ロンドンで研修するので、340ドルもかかる(ちなみに昨年までは160ドルだか180ドルだったそうです)このOPTを申請する意味があまりないのですが、F-1ビザが失効した後のGrace Period(ビザ失効後この期間内に出国しなさいといった趣旨の猶予期間)が丁度Barの試験辺りで切れてしまうので、その後の引越し→出国のための数週間のアメリカ滞在のためにこれを申請しなければならないようです。勿体ない・・・

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