« どうやら | トップページ | 刺激 »

芸術のかほり

東京にいた頃に一緒に日光に座禅修行に行った方からNYでアートを生業としている人を紹介してもらったので、水曜にランチをした。

その方はビデオアートを作成しており、NYはアートのマーケットの規模が日本と2、3桁違うことから、良くも悪くもNYを見ようということで足かけ2年間NYで活動しているとのこと。初対面であったにもかかわらず「今の時代、改めて明治維新の頃の偉人たちが何を考えて活動していたか再び目を向けるべきだ」という点などで意見の一致を見て議論が大いに盛り上がり、結局午後の授業をサボって3時間以上語ってしまった(結局サボってしまった授業は他の科目にシフトしたので、サボったにもかかわらずサボらなかったことになったが)。フィールドの違う人と語り合うことはとっても刺激が多くて有意義な時間だなぁと改めて思ったのでした。

そんな議論をした後、その方に「明日6日にChelseaでアートギャラリーのグランドオープニングがあって友人とはしごするからおいでよ」との誘いを受けて二つ返事で参加させていただき、アートギャラリーをはしごしてきました。

チェルシーのアートギャラリーのサイトはこちら:

http://chelseaartgalleries.com/

いやぁ、しかしすごいですね。

アートについては完全な門外漢ですが、Chelseaエリア一帯に点在するギャラリーの多くがオープニングレセプションをしており(もらったパンフレットを見る限り、この一帯には250を超えるアートギャラリーがあるようです)、アート関係者とおぼしき方から私のような一般人までがごった返してあちこちのギャラリーを行ったりきたりしてます。夏休み明けのこの時期が毎年オープニングで、しばらくこんな感じであちこちのギャラリーがレセプションをするそうです。

ビデオアートの方にはランチの際に「商業主義によって堕落していくアート」について色々とお話しいただいたのですが、ギャラリーをはしごしているうちに素人目にも村上隆氏(六本木ヒルズに絵がいっぱい出ている、世界でバカ売れの日本人アーティスト)のパクリと分かる作品がありました。そこのギャラリーはアジアのアーティストの作品を集めていたのですが、「『日本の漫画とかの影響を受けました』的なものは最近売れるようになっている(村上氏の影響)のでみんなこぞってそういった傾向の作品を作る傾向にある」とのことでした。

芸術家としての信念を貫くことと、生業としてのアートを経済的に回るようにすることのバランスを取るのは難しいことなんだろうなぁと素人ながらにして思ったのでありました。まぁどんな世界においても信念とお金とのバランスは難しい話ですけどね。

最後に写真を一枚だけ。

Ny9_135 有名な韓国人アーティストの妻である日本人の方による作品。旦那さんは最近亡くなられたそうですが、『私はあなたがいなくなっても走り続けるわ』という思いを込めてこの作品を作られた(のではないかと思います)。ディスプレイには走る女性の画像が流れていました。

|

« どうやら | トップページ | 刺激 »

雑感」カテゴリの記事

コメント

村上某さんの作品を先ほど検索してみましたが、あんなのが売れてるとはびっくりです。

しかも、おそらく俺の想像より桁が3つくらい違うんだろうなぁ。


商業主義と信念、このバランスをとるのはなかなか難しいことだと思うけど、私は前者を手段、後者を目的として割り切って活動しています。

自分で言うのもなんだけど、なかなかうまくいえているのではないかと思うけどどうでしょう。

ただ、若いうちはこの割り切り、というか、分別がなかなかできなくて区労しました。

自分の人生のすべてを目的のために注ぎ込みたいとずっと思っていたし、アーティストの中には今もそう思っている人はたくさんいるでしょう。

私だって実はそうです。
ただ、その気持ちを殺して生きているだけのことです。

あとは覚悟の問題ではないでしょうか。


商業主義に手を染めることは楽なことだと思っている人がいるかもしれませんが、確固たる信念を持つ人にとって、それはかなり強い苦痛に満ちた人生になります。

私は幸いにも、若いころに忠臣蔵を何度も見る機会があり、また、感銘を受けたこともあり、凝縮された本懐を遂げるという信念のためならその過程において周りからどう思われようと我慢できるという決断ができたため、何とかなっていますが、世の中そんな人ばかりではないからね。


まあ、日本ですら表面的にうまく立ち回った人が注目を浴び評価され、黙々と地味にやっている人がより評価されない時代になっている昨今、声を出さなきゃ死んでいるのと同じと評されそうな某国においては、自分の信念に固執することはよりつらい人生となりそうですね。

PS
それにしても、なかなか面白い記事でした。

ちょうど昨日、経営者としてどう振舞うべきなのか悩むことがあったので、なんとなくタイムリーだったのかもしれません。

経営者というのは気を使いすぎてもだめだし、気を塚わなすぎてもだめだと思うので、なかなか難しい仕事です。

おおげさなたとえを持ち出せば、民意の反映と民意の統合で、どうバランスをとればいいのか?という命題ににているかもしれません。

投稿: kawabata | 2007年9月10日 (月) 05時15分

素人のうろ覚えな情報ですが、たしか彼の作品は大きいものでは億単位で取引されるという話を日本のテレビで見たことがあったような気がします。ビデオアートの方によれば、彼の功績を一言で表すと、「アートと『漫画』の垣根を取り払った」ことにあるそうです。

kawabataさんのおっしゃる商業主義-信念=目的-手段という位置づけはまさにその通りだと思います。今でも印象的なのが、私が修習時代を過ごした北の大地でお世話になった弁護士の方が「『人権派』を標榜している弁護士は事務所の運営費を賄えないためサラ金の顧問をやっている。自己矛盾だよね」と仰られていたことです。

人はこの世に生きている以上は霞を食べて生きていくことなどは出来ず(まして事務所などの主になると食べさせないといけない人達がいる)、生きるためには資金が必要になります。上述の弁護士の方は、大きい仕事をやって事務所のオペレーションコストをしっかりと確保した上で、誰もやりたがらない(かける労力に対して報酬が全く見合わない)死刑事件の上級審の国選事件を請けておられたりしました。「お金を稼ぐことは信念を貫くための手段に過ぎない」ことを私は北の大地で学んだ気がします。

成功して大金を手にしている人を目にして「結局金儲けしたかったんでしょ」という視点でしか見れない人は目的-手段の視点が欠けてるんでしょうね。そういう人は目的であるところの信念を見抜く洞察力が無く、結局ものさしがお金しかないのだと思います(大金を手にしている人に確たる目的があるかどうかはまた別問題ですが)。

投稿: yutakataka | 2007年9月10日 (月) 07時55分

お、やはり、留学中でしたか。まあ、そうですよね、気がついたら、もう9月だ。。。がんばってください~

投稿: ぶらっくふぃーるず | 2007年9月13日 (木) 00時01分

>ぶらっくふぃーるずさん

ぶらっくふぃーるずさんの母校で楽しい毎日を送っております。ただ「楽しかった」だけではちょっと悲しい気がするので、NYで一回り大きくなって次のステップに進みたいと思っています。またちょくちょく覗きに来てくださいね。

投稿: yutakataka | 2007年9月17日 (月) 12時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/441270/7849116

この記事へのトラックバック一覧です: 芸術のかほり:

« どうやら | トップページ | 刺激 »